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カリフォルニア州について

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人口動静
人口: 2004年現在カリフォルニア州は人口35,893,799人である。この州は2,209,000人が不法在留外国人 (不法在留外国人は外国生まれ人口の4分の1近く及び総計州人口の 6.2%と計算される) と見込まれる、9,400,000人 (人口の26.5%) の外国生まれ住民が暮らしている。

カリフォルニア州はアメリカ人の12%以上が州内に住んでいる - 最も人口稠密な州である。

人種及び祖先構造:  アメリカ合衆国統計局は2つに分離した分野に人種及びヒスパニック血統を考えている。ヒスパニック系は "ヒスパニック" とだけ選択されない;彼らは白人またはアジア、または、単純に "いくつかの他の人種" である人種としても選択される。これは国勢調査データーが扱いにくいと解釈されている。このような、単純な理由のために、以下のデーターはその自身の分類にヒスパニック血統を考慮している。これはそれゆえにそれぞれのグループのヒスパニック系以外の一員だけ掲載している:ヒスパニック系以外の白人、ヒスパニック系以外のエスキモー人、ヒスパニック系以外の混血、etc。

2003年見込み
白人 45.2%
ヒスパニック/w:Latino 34.3%
w:Asian 11.4%
黒人 6.3%
混血 1.9%
先住民及びイヌイット 0.5%
ネイティブ・ハワイアン 及び他の太平洋諸島系 0.3%

カリフォルニア州内の最大の祖先はメキシコ系 (25%)、アジア系、イギリス系、ドイツ系、及びアイルランド系である。メキシコ系及びチカーノ系はカリフォルニア州南部、セントラルヴァレー、Salinas、及びサンフランシスコ湾地域の一部に多く暮らしている。イギリス系の白人アングロサクソン民族祖先はシエラネバダ東部、極北、及び北部海岸に多く暮らしている。サンフランシスコは北米の合衆国内のアジア系が最も集中している。

言語:  2000年現在、5歳及びそれ以上のカリフォルニア州民の60.5%は家庭で英語を話し25.8%はスペイン語を話している。中国語は2.0%でタガログ語及び1.3%でベトナム語に続き、2.6%で3番目に多く話されている言語である。


歴史
サンフランシスコ湾地帯を中心とする北部と、農業が盛んな中部、ロサンゼルス〜サンディエゴ帯を中心とする南部に分かれる。湾地帯にはシリコンバレーが含まれ、全米で最も経済的に進んだ地域の一つである。ロサンゼルスはハリウッドを抱えるなど、エンターテイメント産業の世界的中心である。

アジアや南米に近いため、移民が多い。移民はそれぞれの居住区に固まる傾向が強く、民族のサラダボールという形容が当てはまる。チャイナタウン、コリアンタウン、リトルトーキョー、リトルサイゴン、リトルインディアなどが有名である。なかでもメキシコ移民が多く、スペイン語は州準公用語となっている。

元々はスペイン人によって開拓されたが、19世紀の米墨戦争の結果、メキシコからアメリカに割譲されアメリカ領となった。

後にアメリカ合衆国大統領となった、ロナルド・レーガンはカリフォルニア州知事を経験している。2003年10月、俳優のアーノルド・シュワルツェネッガーが州知事に当選した。


日本との関係
カリフォルニアはハワイと並んで、日本人と最も関係の深い州のひとつである。古くはジョン万次郎から、この地を訪れた日本人は多い。意外なところでは、竹久夢二もこの地を訪れている。

明治以降は日本人の移民が相次ぎ、1924年に日本人の移民を禁じる排日移民法が制定される。この差別的待遇は太平洋戦争によってさらに悪化し、日系人は土地や財産を没収され、十ヶ所の強制収容所に収容されることになる。(キャンプは陸軍省下のWRAによって管理されたものと、司法省によって管理されるキャンプがあった。日系アメリカ人強制収容所と一般に言われる場合には前者のことをさす場合が多い)

戦後、日系人は戦時中に活躍した日系アメリカ人部隊(陸軍第442連隊戦闘団・第100歩兵大隊)の存在や、日系アメリカ人議員の輩出などで、その地位と名誉を回復する。1988年には強制収容所での不当な扱いに対して補償法案を通過させ、生存者への金銭的補償を勝ち取った。一般に、日系人は経済的には平均より恵まれているといえるが、依然としてグラス・シーリング「見えない天井」という社会問題が残されている。(そもそも日系アメリカ人は大都市に多く住み、ゆえに所得も平均以上となるのは当然と言われている)

日系人社会はおよそ一世と二世、そして戦後から1980年代までの戦後移民、バブル以降の新移民に大別することができる。一世は経済難民的で、苦労して現在の地位を築き上げてきた功労者といえるが、アメリカ社会には同化しにくく、他の移民集団と同様にリトルトーキョーといったエスニックタウンを形成する傾向がある。また戦前・戦中の迫害経験もあるため、社会に対して猜疑心が強いとも言われるが、とりわけ強制収容所での経験は一世の父権主義を心理的に崩壊させ、二世リーダの台頭によって完全にその権威が失われてしまった。

二世や三世、四世は全てにわたって「アメリカ人」である。肌の色は黄色いが中身は白人であるため「バナナ」と蔑称されることもある(ちなみにその逆は「ヨーク(卵の黄身)」と呼ばれる)。彼らは父祖の地としての日本に興味はあるものの、それ以上の感情はもたず、思考や行動はアメリカ人的である。ただ二世は親と生地という二つの文化に自己を引き裂かれるというアイデンティティ・クライシスを経験することが多く、日系アメリカ人文学のテーマとして描かれることが多い。また、アメリカで生まれ、幼少時より日本で教育を受けた後、再びアメリカに戻った人を帰米という。この場合は、心情的にも日本人とほとんどかわらないが、彼らのアメリカでの苦労もまた二世と同様に苦難を伴う場合が多かった。

戦後移民は米軍人妻(戦争花嫁)や、成功を目指して渡米した人が多く、ロッキー青木やショー小杉が代表例である。彼らは日本人と付き合わず、積極的にアメリカ社会に飛び込んでいくという傾向が見られる。そのためこの集団は個々に分散して、一つのエスニック・グループとしては形成されていない。しかし高齢化するにつれ、日本回帰の現象も見られる。

新移民はバブル以降の日本の国際化を受けて、アメリカで生活することを選んだ人たちである。脱サラ者や定年退職者、留学生などが多いが、彼らの生活は日本との関係に依存している面が多く、近年の不況から、帰国を選択するものも増えてきている。

中国人や韓国人など他の移民社会と比べると、日系人社会は分散的である。団結力が弱く、無視しあったり、非難しあったりするケースが多いが、それは一つには上記のように各集団が全く異なる出自や目的を持っているからだと思われる。また、中華文化などに比べた日本文化の弱さ、キャンプでの密告合戦による相互不信、社会的地位向上のために積極的に日本文化を棄てたということも関係していると考えられる。

日本の姉妹都市(参考):
(大阪府) - (カリフォルニア州)
(大阪府大阪市) - (サンフランシスコ市)
(愛知県名古屋市) - (ロサンゼルス市)
(神奈川県横浜市) - (サンディエゴ市)
(岡山県岡山市) - (サンノゼ市)
(愛媛県松山市) - (サクラメント市)

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