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ロサンゼルス

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ロサンゼルス(羅府、Los Angeles)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州最大の都市である。英語では普通、LA(エル・エイ)と略す。日本では「ロス」(Los)とも略されるがこれはスペイン語の冠詞であるため、短縮形としては例外的である。なお、"Los Angeles"の名前は「天使(複数)」を意味するスペイン語に由来している。

概要
ロサンゼルス市の人口は3,694,820人(2000年時点)で、都市圏人口は1600万にも及び、年々拡大傾向にあり、全米2位の規模。市内にハリウッドやザ・バレーなどがある。周辺地域を含めると、人口は1,000万程度、面積では関東地方に匹敵する。また、ロサンゼルスに滞在(永住者と3ヶ月以上の長期滞在者)する日本人は29,809人(2003年10月1日時点)と、トップのニューヨーク(49,748人)に次いで2番目に多い。

人口動静
2000年現在の国勢調査で、この都市は人口3,694,820人、1,275,412世帯、及び798,407家族が暮らしている。人口密度は3,041.3/km² (7,876.8/mi²) である。1,101.1/km² (2,851.8/mi²) の平均的な密度に1,337,706軒の住宅が建っている。この都市の人種的な構成は白人46.93%、アフリカン・アメリカン11.24%、ネイティブ・アメリカ0.80%、アジア9.99%、太平洋諸島系0.16%、その他の人種25.70%、及び混血5.18%である。ここの人口の46.53%はヒスパニックまたはラテン系であり、29.75%がラテン/ヒスパニック系でない白人となっている。

この都市内の住民は26.6%が18歳未満の未成年、18歳以上24歳以下が11.1%、25歳以上44歳以下が34.1%、45歳以上64歳以下が18.6%、及び65歳以上が9.7%にわたっている。中央値年齢は32歳である。女性100人ごとに対して男性は99.4人である。18歳以上の女性100人ごとに対して男性は97.5人である。

この都市の世帯ごとの平均的な収入は36,687USドルであり、家族ごとの平均的な収入は39,942 USドルである。男性は31,880 USドルに対して女性は30,197 USドルの平均的な収入がある。この都市の一人当たりの収入 (per capita income) は20,671 USドルである。人口の22.1%及び家族の18.3% は貧困線以下である。全人口のうち18歳未満の30.3%及び65歳以上の12.6%は貧困線以下の生活を送っている。

地理
アメリカ合衆国統計局によると、この都市は総面積1,290.6 km² (498.3 mi²) である。このうち1,214.9 km² (469.1 mi²) が陸地で75.7 km² (29.2 mi²) が水地域である。総面積の5.86%が水地域となっている。

ニューヨークに次ぐアメリカ第2の大都市。北緯34度、西経118度に位置し、西は太平洋に面する。広大な平地が広がるが、大きな河川は流れておらず、コロラド川などから水路を引っ張っている。年間を通して温暖で冬でも15℃程度までしか下がらない。また降雨が少ないため、気候区分はBW(砂漠気候)に含まれ、市の北東部はモハーベ砂漠が広がるが、北西にコースト山脈、東部にも山脈が広がる。

カリフォルニア州の南部に位置し、衛星都市は30以上、都市圏人口にして約1600万人、面積は北海道に近い巨大都市圏を形成。北はパームデール、西はヴェントゥーラ、東はサンバーナーディノ、南はサンディエゴ都市圏との境界であるエスコンディードあたりに至る。有名な都市にアナハイム、リバーサイド、ロングビーチ、サンタアナなどがあり、これらはいずれも人口30万人を超える。なお、カリフォルニア州にはサンフランシスコも大都市圏(700万人)を形成しているが、サンフランシスコとは約500km離れているため(東京-大阪間位)、基本的に商圏における競合は起こりえない。 

歴史
ロサンゼルスの歴史は大して古くないが、様々な要素、過程を経ており、特に自動車社会の発展が大きく関わっている。1781年に、スペイン人のネベ総督が現ロサンゼルス市ダウンタウンのオルベラ街あたりに小さな村落を建設したのが始まり。一方、地名はそれ以前にこの地に踏み入れ、モンテレー湾を目指していたポルトラという男が、聖母マリアに因んでLos Angeles(ポルシンウラの天使達の女王)と名付けていたのを、そのまま利用したといわれる。

1821年、カリフォルニアはスペイン領から独立し、メキシコ領となる。その後アメリカ・スペイン戦争(米墨戦争ともいう)によってメキシコから独立、アメリカに帰属した。1850年には市制が敷かれたが、当時の人口はまだ1610人であった。

その後鉄道網の発達に伴って、とりわけ柑橘類を始め、野菜、穀物、牧畜などを東部に運び出すための集散地として北部のサンフランシスコと共に発展、同時にパサディナやバーバンク、サンタモニカなどの郊外都市も発展し、メトロポリス形成の基盤となる。しかし、ロサンゼルスが飛躍的に発展したのは20世紀に入ってからであり、様々な要因がある。一つ目は湾岸の油田発見による石油化学工業の発達、二つ目は大戦中に急伸した航空機産業の発達、そして三つ目はハリウッドに代表される映画産業の発達が大きい(産業の項で詳述)。

そして自動車交通の発展である。ロサンゼルス都市圏は非常に広域であるため、交通手段にマイカーは欠かせない。そのため、他の都市よりいち早くフリーウェー(高速道路)を整備し、10本以上の幹線が市街を網羅している。一方、市街交通手段として発達していた路面電車は、1930年代につぎつぎと撤去され、世界的に例のないほどの自動車交通偏重の都市となった。そのため、1980年代は大気汚染が深刻であった(今日ではかなり改善されてきている)。

こうして、市街地は急速に発展していった。しかし、一方で飲料水、工業用水の確保が急務となった。そこで1913年にシエラネバダ山脈の東部を流れるオーエンズ川と市を結ぶ水路を建設、1936年には豊富な水量を持つコロラド川から水を供給し、この問題は解決された。

第二次世界大戦中は軍事物資の供給地として発展、とりわけ軍用機の需要によって市況は大きく潤った。1900年には10万人だった人口は1960年には248万人まで膨れあがった。その一方で、住宅供給が課題となり、郊外に大規模な一戸建て住宅地を提供していったが、1957年の地震発生を機に市街の高度制限を撤廃、地価高騰も相俟って高層集合型住宅(日本で言ういわゆるマンション)が急増していった。そしてダウンタウンにはニューヨークやシカゴに引けを取らない高層ビル群がそびえ立つようになり、今日に見る大都市へと成長している。それに伴い、商業も発展していき、西海岸最大の商業、金融拠点となった。更に今日では電子機器、半導体、宇宙産業など最先端工業が発展している。これは学術、文化都市として培っていた技術力の蓄積、また軍事産業や航空機産業関係者が持つ高度な技術力の産業形態転換によるものが大きく、今日におけるロサンゼルス経済の主力にもなっている。

また、貿易の拠点としての地位も高まり、今日では太平洋側では最大の貿易窓口となっている。アジア向け市場の窓口としての役割は大きく、シアトル、オークランド、サンディエゴらと共に機能を果たしている。

古くから労働力としてのアジア系移民を受け入れてきており、ダウンタウン近辺に第二次世界大戦前からあった日本人街・リトルトーキョーやチャイナタウンのほか、近年の大韓民国系移民の急増を受けてコリアンタウンなどいくつかのアジア系タウンがある。また、郊外のオレンジ郡近辺にはベトナム系移民街・リトルサイゴンがある。このため、白人と黒人、非白人同士の人種対立も深刻でロス暴動などの事件もおきている。

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