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1月、2月
ローズ・パレード 
元旦には、全米カレッジ・フットボールの優勝決定戦(ローズ・ボウル)が行われます。その前には、コロラド通りで数十万本のバラで飾られた60台ものフローとがバレードがパレードします。こうしてアメリカのお正月はローズパレードではじまります。
> www.tournamentofroses.com

チャイニーズ・ニューイヤー(中華街のお正月)
1月の終わりと2月の頭にはチャイナ・タウンの中心でパレードが行われ、30メートルのドラゴンが街を練り歩く。この時期の中華街や中国人が多く住む地域は活気があります。

3月
ロサンゼルス・マラソン
有名なマラソンイベントとして知られているLAマラソンは、3月の最初の日曜日に2万5千人を超える参加者と車イスでの参加者で26.2マイル(42km)を走ります。スタートはLAダウンタウンから始まります。
> www.lamarathon.com

サンタクラリータ・カウボーイ・フェスティバル
サンタクラリータで3月の終わり(年によっては4月)にウェスターンカルチャーを象徴するイベントが行われる。
> www.cowboyfestival.org

4月
トヨタ・グランプリ ロング・ビーチ
ロング・ビーチで数日間行なわれるオートレースのイベント。世界から有名なドライバーが集まり腕を競います。
セレブがレースに参加するイベントもおもしろいです。
> www.longbeachgp.com

Blessing of Animals
イースターの前の日に行なわれるイベントです。南カリフォルニアにいる動物愛好家やペットのオーナによって動物をロスのオリベラ通りに集まります。動物を大事にしていこうと言うメッセージを送るイベントです。

ロサンゼルスタイムズのBook Festival
アメリカの大事な文学的イベントのうちのひとつです。このブック・フェスティバルは2日間行われ、参加費は無料です。このイベントは毎年4月の最後の週末、UCLAキャ塔pスで行われています。
> www.latimes.com

フィエスタ・ブロードウェイ
4月の最終日曜日に行なわれるアメリカ最大のラテン系のお祭りです。LAダウンタウンで行なわれ、さまざまなラテンアーティストによるコンサートもあります。
> www.fiestabroadway.la

5月
シンコ・デ・マヨ (Cinco De Mayo)
Cinco de Mayoを訳すると、Cinco=5、de Mayo=5月の、で「5月5日」となるわけだが、「プエブラの戦い」でメキシコがフランス軍を打ち破った記念日として、アメリカ合衆国(特にメキシコ系移民やメキシコ系アメリカ人の人口が多い地域)や本国メキシコ各地で祝われる。ロスのオリベラ通りでは無料のお祭りがおこなわれます。

NoHo Theater & Arts Festival
ノースハリウッドでおこなわれるアート系のイベント。さまざまな無料の音楽やパフォーマンスもおこなわれます。
> www.nohoartsdistrict.com

6月
Mariachi USA Festival
マリアッチ・USA・フェスティバルです。
> www.rodri.com/

Absolut Chalk
地面にチョークで描かれたアートを披露するイベントです。
> absolutchalk.com

7月
Lotus Festival
ハス(花)のフェスティバルです。
> www.laparks.org

Central Avenue Jazz Festival
1920~1950年、セントラル・アベニューは西海岸のジャズシーンを盛りあげました。そのジャズシーンを支えたセントラル・アベニューでのジャズフェスティバル。
> www.culturela.org

Blessing of Cars
主にクラシックカーやホットロッドのような車愛好家が集まるイベントです。普段は見かけない変わった車のイベントです。
> www.blessingofthecars.com

8月
Nissei Week Japanese Festival
リトル東京で行なわれる日系二世のお祭りです。今では、二世という枠を越え、下の世代もメインに参加しています。
> www.niseiweek.org

Long Beach Jazz Festival
ロング・ビーチジャズフェスティバルです。有名なアーティストも大勢集まります。
> www.longbeachjazzfestival.com

Sunset Junction Street Fair
サンセット通りの風変わりなカルチャーのための少し変わったイベントです。
> www.sunsetjunction.org

LA Greek Fest
ロサンゼルスのギリシャ系のイベントです。
> www.lagreekfest.com

Watts Summer Festival
アフリカ系の文化、アート、音楽、食べ物と様々なアフリカ・カルチャーのイベント。
> www.wattsfestival.org/

African Marketplace & Cultural Faire
アフリカ・カルチャーのイベント
> www.africanmarketplace.org

9月
LA County Fair
LAカウンティーの18日間にも渡るフェアーです。
> www.fairplex.com

Mexican Independence Festival
メキシコの独立記念のお祭りです。
> www.cityofla.org/elp

Abbot Kinney St Festival
アボット・キニー通りで行なわれるベニスのローカルアート、食べ物、カルチャーのイベント。
> www.fairplex.com

Watts Towers Day of the Drum Festival & Jazz Festival
世界のドラマーが集まり、ジャズ、ブルース、ゴスペルを披露するイベント。
> wattstower day of drums

10月
Catalina Island JazzTrax Festival
20年も前から行なわれているカタリナ島でのジャズイベントです。
> www.jazztrax.com

Edge of the World Theatre Festival
ロサンゼルスでの劇場アーティストのためのフェスティバル。ロサンゼルスで演劇の進化を広げ、ロサンゼルス劇場アーティストの可能性を押すために行なわれます。
> www.edgeoftheworld.org

West Hollywood Halloween Carnival
ウェストハリウッドの大人のためのハロウィーンカーニバル。
> www.visitwesthollywood.com

11月
Mariachi Festival
ボイルハイツのマリアッチプラザでマリアッチのフェスティバルが行われます。

Doo Dah Parade
元旦のローズ・パレードに向けてのパローディー化されたおもしろいパレードです。
> www.pasadenadoodahparade.com

Griffith Park Light Festival
グリフィッス・パークで5から10マイルにもわたるクリスマスイルミネーションで飾られます。歩き、又は車で通るのも良いです。
> www.laparks.org

Hollywood Christmas Parade
サンクス・ギビングの日曜日にハリウッド通り(Hollywood Blvd)でクリスマスパレードを行ないます。TVで有名な人達も参加する行事です。
> www.hollywoodchamber.net

12月
Marina Del Rey Holiday Boat Parade
マリナ・デル・レイでクリスマスの飾りをしたボートが海上でパレードします。
> www.mdrboatparade.org

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カリフォルニア州サンディエゴ (San Diego) 市は、アメリカ最南西端に位置する街。西は太平洋、南はメキシコに面する。人口122万人余 (Census 2000) を擁する全米7位、カリフォルニア州でロサンゼルス市に次ぐ第2位の市。「The Finest City」として、また、大リーグサンディエゴ・パドレス (Padres)、アメフトサンディエゴ・チャージャーズ (Chargers) の本拠地として広く知られている。

San Diego

歴史:
1542年、ポルトガル人のファン・ロドリゲス・カブリヨ (Juan Rodriguez Cabrillo) が、スペイン船でロマ岬 (Point Loma) に到着。ヨーロッパ人として初めてサンディエゴに足を踏み入れたとされている。カブリヨはこの地を「サン・ミゲル」(San Miguel) と名づけた。

1602年、植民地開拓にきたスペイン人のセバスチャン・ビスカイノ (Sebastian Vizcaino) は 同年11月12日の「サン・ディエゴ・デ・アルカラ」の祭りの日に「サン・ミゲル」から「サン・ディエゴ」に町の名前を変更した。これ以来この街の名前となった。

1769年、フランシスコ会修道士、フニぺロ・セラ (Junipero Serra) 神父が、スペインの支配地であったメキシコからサンディエゴにはいり、現在のオールドタウン (Old Town) と呼ばれている場所に、カリフォルニアで初めての伝道所を建設した。この伝道所を中心に、ヨーロッパからの入植者たちにより、いくつかの集落が出来た。オールドタウンをサンディエゴ発祥の地と言うことができる。

米墨戦争の結果、メキシコからアメリカに割譲され、1850年、アメリカ合衆国カリフォルニア州となり、2月18日に、カリフォルニア州の最初の27郡のひとつとして始まった。この頃のサンディエゴ郡の人口はおよそ3,490人。798人の開拓者と2,692人の原住アメリカ人(インディアン)という構成。また、郡の範囲は現在のサンディエゴ郡はもとより、インペリアル郡、リバーサイド郡、サンベルナルディノ郡、およびインヨウ郡の東側を含むおよそ40,000平方マイルあった。

概要:
基地の街
サンディエゴは、映画「トップガン」(TOPGUN)(注:舞台となったミラマーの海軍基地は現在海兵隊の基地となっている。実際のTOPGUNは、その後他州の基地へ移動)の舞台になったように、基地の街でもある。海軍や海兵隊の基地が数多くあり、アメリカ太平洋艦隊の基地が設置されている。そのせいか、リベラルと言われるカリフォルニアの中では、保守的といわれている。また、軍人妻としての日本人女性も多いといえる。

国境の町
もともと、スペイン領、メキシコ領であったことから、サンディエゴという地名はもとより、地名や通りの名前にもスペイン語に発するものが数多く見受けられる。

国境をはさんだメキシコ側のティファナへは、労働力の安さとアメリカへの輸送性の良さ等を求め、アメリカはもとより日本、韓国、台湾などの企業が工場を設立、駐在員とその家族が、サンディエゴ側に生活している。

ハイテクの街
基地の街として、軍関係の企業が発展していたところへ、現在では、Qualcomm などをはじめとする情報通信関連の企業や、バイオ、製薬、医療機器の企業などが集結しはじめている。世界的に有名なスクリップス研究所、スクリップス海洋研究所、およびソーク研究所があり、また、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD) やサンディエゴ州立大学(SDSU) などとの産学協同もその一翼を担っているといえ、こういった研究機関などで多くの日本人が研究・留学している。

The Finest City
常夏の楽園ではないが過ごし易い気候、海あり・山あり・砂漠ありの豊かな自然、それを生かした様々なレジャー、大都市としての利便性、人口のわりには田舎風の土地柄など、人々を様々な観点からひきつけてやまない魅力がある街の雰囲気が、The Finest City たる所以となっている。

人口動静:
2000年現在の国勢調査2で、この都市は人口1,223,400人、450,691世帯、及び271,315家族が暮らしている。人口密度は1,456.4/km² (3,771.9/mi²) である。559.1/km² (1,448.1/mi²) の平均的な密度に469,689軒の住宅が建っている。この都市の人種的な構成は白人60.18%、アフリカン・アメリカン7.86%、先住民0.62%、アジア13.65%、太平洋諸島系0.48%、その他の人種12.39%、及び混血4.83%である。人口の25.40%はヒスパニックまたはラテン系である。

この都市内の住民は24.0%が18歳未満の未成年、18歳以上24歳以下が12.4%、25歳以上44歳以下が34.0%、45歳以上64歳以下が19.1%、及び65歳以上が10.5%にわたっている。中央値年齢は32歳である。女性100人ごとに対して男性は101.7人である。18歳以上の女性100人ごとに対して男性は100.4人である。

この都市の世帯ごとの平均的な収入は45,733米ドルであり、家族ごとの平均的な収入は53,060米ドルである。男性は36,984米ドルに対して女性は31,076米ドルの平均的な収入がある。この都市の一人当たりの収入 (per capita income) は23,609米ドルである。人口の14.6%及び家族の10.6%は貧困線以下である。全人口のうち18歳未満の20.0%及び65歳以上の7.6%は貧困線以下の生活を送っている。

気候:
気候は、一般的に温暖といわれ、夏暑すぎず、冬寒すぎず。しかしこの傾向は沿岸の特徴を現しており、サンディエゴ郡としてみると、一部を表現しているに過ぎない。天気予報では概ね、沿岸 (Coastal)、内陸 (Inland)、山岳 (Mountain)、砂漠 (Desert) の4つに分けている。

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ロサンゼルス(羅府、Los Angeles)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州最大の都市である。英語では普通、LA(エル・エイ)と略す。日本では「ロス」(Los)とも略されるがこれはスペイン語の冠詞であるため、短縮形としては例外的である。なお、"Los Angeles"の名前は「天使(複数)」を意味するスペイン語に由来している。

概要
ロサンゼルス市の人口は3,694,820人(2000年時点)で、都市圏人口は1600万にも及び、年々拡大傾向にあり、全米2位の規模。市内にハリウッドやザ・バレーなどがある。周辺地域を含めると、人口は1,000万程度、面積では関東地方に匹敵する。また、ロサンゼルスに滞在(永住者と3ヶ月以上の長期滞在者)する日本人は29,809人(2003年10月1日時点)と、トップのニューヨーク(49,748人)に次いで2番目に多い。

人口動静
2000年現在の国勢調査で、この都市は人口3,694,820人、1,275,412世帯、及び798,407家族が暮らしている。人口密度は3,041.3/km² (7,876.8/mi²) である。1,101.1/km² (2,851.8/mi²) の平均的な密度に1,337,706軒の住宅が建っている。この都市の人種的な構成は白人46.93%、アフリカン・アメリカン11.24%、ネイティブ・アメリカ0.80%、アジア9.99%、太平洋諸島系0.16%、その他の人種25.70%、及び混血5.18%である。ここの人口の46.53%はヒスパニックまたはラテン系であり、29.75%がラテン/ヒスパニック系でない白人となっている。

この都市内の住民は26.6%が18歳未満の未成年、18歳以上24歳以下が11.1%、25歳以上44歳以下が34.1%、45歳以上64歳以下が18.6%、及び65歳以上が9.7%にわたっている。中央値年齢は32歳である。女性100人ごとに対して男性は99.4人である。18歳以上の女性100人ごとに対して男性は97.5人である。

この都市の世帯ごとの平均的な収入は36,687USドルであり、家族ごとの平均的な収入は39,942 USドルである。男性は31,880 USドルに対して女性は30,197 USドルの平均的な収入がある。この都市の一人当たりの収入 (per capita income) は20,671 USドルである。人口の22.1%及び家族の18.3% は貧困線以下である。全人口のうち18歳未満の30.3%及び65歳以上の12.6%は貧困線以下の生活を送っている。

地理
アメリカ合衆国統計局によると、この都市は総面積1,290.6 km² (498.3 mi²) である。このうち1,214.9 km² (469.1 mi²) が陸地で75.7 km² (29.2 mi²) が水地域である。総面積の5.86%が水地域となっている。

ニューヨークに次ぐアメリカ第2の大都市。北緯34度、西経118度に位置し、西は太平洋に面する。広大な平地が広がるが、大きな河川は流れておらず、コロラド川などから水路を引っ張っている。年間を通して温暖で冬でも15℃程度までしか下がらない。また降雨が少ないため、気候区分はBW(砂漠気候)に含まれ、市の北東部はモハーベ砂漠が広がるが、北西にコースト山脈、東部にも山脈が広がる。

カリフォルニア州の南部に位置し、衛星都市は30以上、都市圏人口にして約1600万人、面積は北海道に近い巨大都市圏を形成。北はパームデール、西はヴェントゥーラ、東はサンバーナーディノ、南はサンディエゴ都市圏との境界であるエスコンディードあたりに至る。有名な都市にアナハイム、リバーサイド、ロングビーチ、サンタアナなどがあり、これらはいずれも人口30万人を超える。なお、カリフォルニア州にはサンフランシスコも大都市圏(700万人)を形成しているが、サンフランシスコとは約500km離れているため(東京-大阪間位)、基本的に商圏における競合は起こりえない。 

歴史
ロサンゼルスの歴史は大して古くないが、様々な要素、過程を経ており、特に自動車社会の発展が大きく関わっている。1781年に、スペイン人のネベ総督が現ロサンゼルス市ダウンタウンのオルベラ街あたりに小さな村落を建設したのが始まり。一方、地名はそれ以前にこの地に踏み入れ、モンテレー湾を目指していたポルトラという男が、聖母マリアに因んでLos Angeles(ポルシンウラの天使達の女王)と名付けていたのを、そのまま利用したといわれる。

1821年、カリフォルニアはスペイン領から独立し、メキシコ領となる。その後アメリカ・スペイン戦争(米墨戦争ともいう)によってメキシコから独立、アメリカに帰属した。1850年には市制が敷かれたが、当時の人口はまだ1610人であった。

その後鉄道網の発達に伴って、とりわけ柑橘類を始め、野菜、穀物、牧畜などを東部に運び出すための集散地として北部のサンフランシスコと共に発展、同時にパサディナやバーバンク、サンタモニカなどの郊外都市も発展し、メトロポリス形成の基盤となる。しかし、ロサンゼルスが飛躍的に発展したのは20世紀に入ってからであり、様々な要因がある。一つ目は湾岸の油田発見による石油化学工業の発達、二つ目は大戦中に急伸した航空機産業の発達、そして三つ目はハリウッドに代表される映画産業の発達が大きい(産業の項で詳述)。

そして自動車交通の発展である。ロサンゼルス都市圏は非常に広域であるため、交通手段にマイカーは欠かせない。そのため、他の都市よりいち早くフリーウェー(高速道路)を整備し、10本以上の幹線が市街を網羅している。一方、市街交通手段として発達していた路面電車は、1930年代につぎつぎと撤去され、世界的に例のないほどの自動車交通偏重の都市となった。そのため、1980年代は大気汚染が深刻であった(今日ではかなり改善されてきている)。

こうして、市街地は急速に発展していった。しかし、一方で飲料水、工業用水の確保が急務となった。そこで1913年にシエラネバダ山脈の東部を流れるオーエンズ川と市を結ぶ水路を建設、1936年には豊富な水量を持つコロラド川から水を供給し、この問題は解決された。

第二次世界大戦中は軍事物資の供給地として発展、とりわけ軍用機の需要によって市況は大きく潤った。1900年には10万人だった人口は1960年には248万人まで膨れあがった。その一方で、住宅供給が課題となり、郊外に大規模な一戸建て住宅地を提供していったが、1957年の地震発生を機に市街の高度制限を撤廃、地価高騰も相俟って高層集合型住宅(日本で言ういわゆるマンション)が急増していった。そしてダウンタウンにはニューヨークやシカゴに引けを取らない高層ビル群がそびえ立つようになり、今日に見る大都市へと成長している。それに伴い、商業も発展していき、西海岸最大の商業、金融拠点となった。更に今日では電子機器、半導体、宇宙産業など最先端工業が発展している。これは学術、文化都市として培っていた技術力の蓄積、また軍事産業や航空機産業関係者が持つ高度な技術力の産業形態転換によるものが大きく、今日におけるロサンゼルス経済の主力にもなっている。

また、貿易の拠点としての地位も高まり、今日では太平洋側では最大の貿易窓口となっている。アジア向け市場の窓口としての役割は大きく、シアトル、オークランド、サンディエゴらと共に機能を果たしている。

古くから労働力としてのアジア系移民を受け入れてきており、ダウンタウン近辺に第二次世界大戦前からあった日本人街・リトルトーキョーやチャイナタウンのほか、近年の大韓民国系移民の急増を受けてコリアンタウンなどいくつかのアジア系タウンがある。また、郊外のオレンジ郡近辺にはベトナム系移民街・リトルサイゴンがある。このため、白人と黒人、非白人同士の人種対立も深刻でロス暴動などの事件もおきている。

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人口動静
人口: 2004年現在カリフォルニア州は人口35,893,799人である。この州は2,209,000人が不法在留外国人 (不法在留外国人は外国生まれ人口の4分の1近く及び総計州人口の 6.2%と計算される) と見込まれる、9,400,000人 (人口の26.5%) の外国生まれ住民が暮らしている。

カリフォルニア州はアメリカ人の12%以上が州内に住んでいる - 最も人口稠密な州である。

人種及び祖先構造:  アメリカ合衆国統計局は2つに分離した分野に人種及びヒスパニック血統を考えている。ヒスパニック系は "ヒスパニック" とだけ選択されない;彼らは白人またはアジア、または、単純に "いくつかの他の人種" である人種としても選択される。これは国勢調査データーが扱いにくいと解釈されている。このような、単純な理由のために、以下のデーターはその自身の分類にヒスパニック血統を考慮している。これはそれゆえにそれぞれのグループのヒスパニック系以外の一員だけ掲載している:ヒスパニック系以外の白人、ヒスパニック系以外のエスキモー人、ヒスパニック系以外の混血、etc。

2003年見込み
白人 45.2%
ヒスパニック/w:Latino 34.3%
w:Asian 11.4%
黒人 6.3%
混血 1.9%
先住民及びイヌイット 0.5%
ネイティブ・ハワイアン 及び他の太平洋諸島系 0.3%

カリフォルニア州内の最大の祖先はメキシコ系 (25%)、アジア系、イギリス系、ドイツ系、及びアイルランド系である。メキシコ系及びチカーノ系はカリフォルニア州南部、セントラルヴァレー、Salinas、及びサンフランシスコ湾地域の一部に多く暮らしている。イギリス系の白人アングロサクソン民族祖先はシエラネバダ東部、極北、及び北部海岸に多く暮らしている。サンフランシスコは北米の合衆国内のアジア系が最も集中している。

言語:  2000年現在、5歳及びそれ以上のカリフォルニア州民の60.5%は家庭で英語を話し25.8%はスペイン語を話している。中国語は2.0%でタガログ語及び1.3%でベトナム語に続き、2.6%で3番目に多く話されている言語である。


歴史
サンフランシスコ湾地帯を中心とする北部と、農業が盛んな中部、ロサンゼルス~サンディエゴ帯を中心とする南部に分かれる。湾地帯にはシリコンバレーが含まれ、全米で最も経済的に進んだ地域の一つである。ロサンゼルスはハリウッドを抱えるなど、エンターテイメント産業の世界的中心である。

アジアや南米に近いため、移民が多い。移民はそれぞれの居住区に固まる傾向が強く、民族のサラダボールという形容が当てはまる。チャイナタウン、コリアンタウン、リトルトーキョー、リトルサイゴン、リトルインディアなどが有名である。なかでもメキシコ移民が多く、スペイン語は州準公用語となっている。

元々はスペイン人によって開拓されたが、19世紀の米墨戦争の結果、メキシコからアメリカに割譲されアメリカ領となった。

後にアメリカ合衆国大統領となった、ロナルド・レーガンはカリフォルニア州知事を経験している。2003年10月、俳優のアーノルド・シュワルツェネッガーが州知事に当選した。


日本との関係
カリフォルニアはハワイと並んで、日本人と最も関係の深い州のひとつである。古くはジョン万次郎から、この地を訪れた日本人は多い。意外なところでは、竹久夢二もこの地を訪れている。

明治以降は日本人の移民が相次ぎ、1924年に日本人の移民を禁じる排日移民法が制定される。この差別的待遇は太平洋戦争によってさらに悪化し、日系人は土地や財産を没収され、十ヶ所の強制収容所に収容されることになる。(キャンプは陸軍省下のWRAによって管理されたものと、司法省によって管理されるキャンプがあった。日系アメリカ人強制収容所と一般に言われる場合には前者のことをさす場合が多い)

戦後、日系人は戦時中に活躍した日系アメリカ人部隊(陸軍第442連隊戦闘団・第100歩兵大隊)の存在や、日系アメリカ人議員の輩出などで、その地位と名誉を回復する。1988年には強制収容所での不当な扱いに対して補償法案を通過させ、生存者への金銭的補償を勝ち取った。一般に、日系人は経済的には平均より恵まれているといえるが、依然としてグラス・シーリング「見えない天井」という社会問題が残されている。(そもそも日系アメリカ人は大都市に多く住み、ゆえに所得も平均以上となるのは当然と言われている)

日系人社会はおよそ一世と二世、そして戦後から1980年代までの戦後移民、バブル以降の新移民に大別することができる。一世は経済難民的で、苦労して現在の地位を築き上げてきた功労者といえるが、アメリカ社会には同化しにくく、他の移民集団と同様にリトルトーキョーといったエスニックタウンを形成する傾向がある。また戦前・戦中の迫害経験もあるため、社会に対して猜疑心が強いとも言われるが、とりわけ強制収容所での経験は一世の父権主義を心理的に崩壊させ、二世リーダの台頭によって完全にその権威が失われてしまった。

二世や三世、四世は全てにわたって「アメリカ人」である。肌の色は黄色いが中身は白人であるため「バナナ」と蔑称されることもある(ちなみにその逆は「ヨーク(卵の黄身)」と呼ばれる)。彼らは父祖の地としての日本に興味はあるものの、それ以上の感情はもたず、思考や行動はアメリカ人的である。ただ二世は親と生地という二つの文化に自己を引き裂かれるというアイデンティティ・クライシスを経験することが多く、日系アメリカ人文学のテーマとして描かれることが多い。また、アメリカで生まれ、幼少時より日本で教育を受けた後、再びアメリカに戻った人を帰米という。この場合は、心情的にも日本人とほとんどかわらないが、彼らのアメリカでの苦労もまた二世と同様に苦難を伴う場合が多かった。

戦後移民は米軍人妻(戦争花嫁)や、成功を目指して渡米した人が多く、ロッキー青木やショー小杉が代表例である。彼らは日本人と付き合わず、積極的にアメリカ社会に飛び込んでいくという傾向が見られる。そのためこの集団は個々に分散して、一つのエスニック・グループとしては形成されていない。しかし高齢化するにつれ、日本回帰の現象も見られる。

新移民はバブル以降の日本の国際化を受けて、アメリカで生活することを選んだ人たちである。脱サラ者や定年退職者、留学生などが多いが、彼らの生活は日本との関係に依存している面が多く、近年の不況から、帰国を選択するものも増えてきている。

中国人や韓国人など他の移民社会と比べると、日系人社会は分散的である。団結力が弱く、無視しあったり、非難しあったりするケースが多いが、それは一つには上記のように各集団が全く異なる出自や目的を持っているからだと思われる。また、中華文化などに比べた日本文化の弱さ、キャンプでの密告合戦による相互不信、社会的地位向上のために積極的に日本文化を棄てたということも関係していると考えられる。

日本の姉妹都市(参考):
(大阪府) - (カリフォルニア州)
(大阪府大阪市) - (サンフランシスコ市)
(愛知県名古屋市) - (ロサンゼルス市)
(神奈川県横浜市) - (サンディエゴ市)
(岡山県岡山市) - (サンノゼ市)
(愛媛県松山市) - (サクラメント市)

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